皆さんは「大型の飛べない鳥」というと、どんな鳥を想像しますか?
筆者は小学生のころ、とある動物園の写生大会で描いた「ヒクイドリ」が一番に思い浮かびます。
その名は「セロム」。愛媛県立とべ動物園で生活しています。
小学生の筆者はほかのどの動物でもなく、セロムを「描きたい!」と思ったんです。
あれから十数年たつ今、かっこよくて美しいセロムについて、改めてもっと知りたい!と思いました。今回は職員さんへのインタビューも交えて、とべ動物園の3羽のヒクイドリについて詳しく紹介します。
とべ動物園のヒクイドリ
▼インタビュー
ーヒクイドリ3羽の生年月日を教えてください。
(飼育員さん)
「①パプアヒクイドリの「セロム」(メス)は1989年4月1日生まれ(推定)
②ヒクイドリの「カンタ」(オス)1993年1月15日生まれ(金沢出身)
③ヒクイドリの「サツキ」(オス)2004年1月1日生まれ(推定)
です。」
①パプアヒクイドリの「セロム」
まず、筆者の絵のモデルとなった「セロム」。青・赤・黒にはっきり分かれた美しい体色と、恐竜のような目がかっこいい!
ブラックホールのような瞳。じっと見ていると吸い込まれそうです。
セロムはヒクイドリの中でも「パプアヒクイドリ」という種です。パプアヒクイドリは国内でセロムたった一羽。とべ動物園でしか見ることのできない大変希少な種なんですよ。
セロムは女の子ですが、とべ動物園では「イケメン」として愛されています。それは園内で開催されたイベント「アニマル総選挙2018」の「めっちゃかっこいい部門」で、セロムが838票を獲得し見事4位に君臨したことからもわかります。
なぜイケメンに見えるかというと、ヒクイドリはメスのほうが体が大きく、頭にあるトサカ(「犀角」といいます)も、メスのほうが大きいからではないでしょうか。セロムという名前も相まって、イケメン度抜群です。
とべ動物園公式Twitterには、セロムの鳴き声を記録した映像が。
大きな鳴き声を上げながらまっすぐ歩いてくるセロムの迫力はとてつもないです。でも、ほっぺが膨らんでいて可愛いですね。
ヒクイドリは意外と鳴き声のバリエーションが豊富。繁殖期の間は、とどろくような鳴き声や「シュー」という鳴き声、もしくは「ゴロゴロ」というような鳴き声を発します。
セロムは今年、推定34歳になりました。ヒクイドリの寿命はとても長く、約50~60年といわれています。セロムにはこれからもずっと元気でいてほしいと思います。
②ヒクイドリの「カンタ」③ヒクイドリの「サツキ」
続いては、ヒクイドリのカンタとサツキの紹介です。カンタとサツキと聞くと、真っ先にあるアニメのキャラクターが浮かびますよね。
ところがとべのカンタとサツキはどちらもオス!面白いです。
ヒクイドリは単独で行動するので、基本的に一羽ずつ展示されています。
筆者が来園した日にいたのは…どちらでしょう?
その日はわからなかったので、後日飼育員さんに聞いてみました。
▼インタビュー
ーサツキとカンタの見分け方を教えてください。
(飼育員さん)
「トサカが小さく曲がっているのがカンタ、大きく曲がっているのがサツキです。」
筆者が見たのは「サツキ」でした!
実はサツキはずっとメスだと思われていて、2015年にオスだと判明したそうです。メスだと思われていたため「サツキ」という名前が付いたのかもしれませんね。
カンタのお嫁さん候補としてとべ動物園にやってきたサツキですが、今ではどちらもお嫁さん募集中!?の状態です。
サツキの脚。
ヒクイドリといえば、最も危険な鳥として有名ですよね。危険な理由はこの大きな脚から繰り出されるキックが非常に強力だから!
内側の指を見てください。爪が10cm以上ありそうなくらい長いです。YouTubeにはヒクイドリがアクリルの板をキックで破壊する映像もありました。
また、この大きな脚で時速50km程度で走ることもできます。
▼インタビュー
ーヒクイドリとの思い出やエピソードがあれば教えてください。
(飼育員さん)「非常に脚力が強く、容易に近づくと危険なので注意しています。3羽とも元気に過ごしております。」
カンタはトサカが「かくっ」と曲がっていますね。
次回来園したときに会えたらいいなあと思います。
激レア!?3羽の昔の写真!
今回、飼育員さんから特別に3羽の昔の写真を見せてもらいました。皆さんは写真だけを見て、どのヒクイドリかわかりますか?
①
②
③
▼答え
①ヒクイドリの「サツキ」
2013年9月25日に撮影された写真です。10年前のサツキは今よりトサカが黒い気がします。このときのサツキはまだ9歳。
②ヒクイドリの「カンタ」
2018年5月4日に撮影された写真です。25歳のカンタはまだ可愛さもありつつ、徐々にカッコよくなってきているという印象です。
③パプアヒクイドリの「セロム」
2013年3月15日に撮影された写真です。10年前のセロムも、今と変わらずイケメン!筆者はこのとき中学生なので、セロムを描いたのはこの数年前になります。
ヒクイドリって何者?
今回はヒクイドリについて、こんなことを調べてみました。
①ヒクイドリは何者?生態は?
②ヒクイドリの皮膚はなぜ青いの?
③ヒクイドリはいつから日本にいるの?
①ヒクイドリは何者?生態は?
まずは生息地から。
とべ動物園内でヒクイドリたちがいるのは、「オーストラリアストリート」。ということは…オーストラリアに生息しているようです。
正確には、ヒクイドリの分布はインドネシア(ニューギニア島南部、アルー諸島)、オーストラリア北東部、パプアニューギニア、セラム島の熱帯雨林。
かつてはもっと広範囲に生息していたと推測されていますが、熱帯雨林の減少などの影響により個体数が減少し、絶滅が危惧されています。森林が減ってきていることから、雛が生き残る確率は1%以下という研究結果も発表されています(参考:https://www2.nhk.or.jp/archives/movies/?id=D0009041794_00000)。
次に、ヒクイドリの分類について。
ヒクイドリの分類は、「鳥綱ヒクイドリ目ヒクイドリ科ヒクイドリ属」。「ヒクイドリ目」はヒクイドリ科とエミュー科からなる小さな目。ヒクイドリはダチョウと姿が似ていますが、分類的には異なります。
「ヒクイドリ属」の中でもさらに分類が分けられ、サツキとカンタが属する「ヒクイドリ」(その中にもミナミヒクイドリ、キタヒクイドリ、ドワーフヒクイドリの3種がいます)、セロムが属する「パプアヒクイドリ」、そして「コヒクイドリ」の3種がいます。
ところでヒクイドリとパプアヒクイドリの違いは何でしょうか?
見分け方のポイントは、ほっぺと首!
まずほっぺ。ヒクイドリはシュッとしていますが、パプアヒクイドリは袋状になっているように見えます。
そして、わかりやすいのは首!ヒクイドリには首にぶら下がる「肉垂(にくすい)」と呼ばれるひだがあるのですが、その数に違いがあります。
ヒクイドリは2つ、パプアヒクイドリは1つなんです!
また、首の色についても、ヒクイドリは青色の割合が高く、パプアヒクイドリは赤色(黄色)の割合が高いという違いがあります。
ニューギニア島における生息地も少し異なっており、ヒクイドリが南部低地、コヒクイドリが中央高地、パプアヒクイドリが北部低地と、ほぼ棲み分けられています。
ヒクイドリの食性について。
果実を中心とした雑食性で、森林の林床で落ちている果実を採餌し、大きな種子を持った果実でもついばんで丸呑みします。カタツムリや小型の哺乳類の死骸、昆虫類、小さな甲殻類を捕食すことも。
1日に5kgのえさを必要とし、野生のヒクイドリはえさを探して1日に20kmも歩き回ります。
また、大変特徴的なのは「コバナミフクラギ」という植物の果実を好んで食べること。
コバナミフクラギは、ほかの動物には「毒」なんです。ところがヒクイドリ属の彼らには、コバナミフクラギを安全に消化する能力があります。
毒に強い免疫を持っているヒクイドリ、やっぱり只者じゃないですね!
②ヒクイドリの皮膚はなぜ青いの?
ヒクイドリの魅力の一つは、美しい青の体色。
大多数の動物は、色素から青色を作ることはできません。そのためヒクイドリのように皮膚が青い動物はすごく珍しいです。
それにしても一体なぜ青くなるのでしょうか。
筆者はさきほどの「コバナミフクラギ」の色素が、ヒクイドリを青色にしているのかな?と思いました(フラミンゴがエビなどの甲殻類を食べることで赤色の色素を得るように)。ところが「コバナミフクラギ」を与えていない飼育個体も青色に発色していることを考えると、この説は正しくなさそうです。
そこで同じように皮膚が青い動物として、「マンドリル」について考えてみます。「チアセブンアーチ」の記事(https://cheer7arch.com/blog/mandrill-blue/#single_heading_tablecontent2)によると、マンドリルの顔の皮膚の下には、「コラーゲン繊維」という層があるそう。コラーゲン繊維には規則性があり、規則的な光の反射によって必然的に青く見えるそうです。
つまり色素によるものではなく、皮膚の構造による光の反射が青く見せている、ということです(この発色現象を「構造色」といいます)。
ヒクイドリの青い皮膚も「構造色」によるものではないかと思います。
③ヒクイドリはいつから日本にいるの?
ヒクイドリはいつから日本にいるのでしょうか?
ヒクイドリの和名は「火食鳥」。日本にもたらされたのは、江戸時代初期の寛永12年(1635年)に江戸幕府に献上されたのが最初です。
そのときの記録には、ヒクイドリのことを「陀鳥(だちょう)」と表していますが、明らかにヒクイドリであるスケッチが残されています。
~~~~~~~
「陀鳥」と書かれているのは駝鳥のことを指しますが、江戸時代に「駝鳥」と呼ばれたのは今で言うダチョウではなく、ヒクイドリ (火食鳥) でした。ヒクイドリは寛永12年 (1635) に平戸藩主が幕府に献上した記録がもっとも古く、以後オランダ船によって数多く持ち込まれ、見世物にもなりました。原産地はオーストラリア、ニューギニアです。本書は珍鳥ばかり80品を収録しています。なお、本物のダチョウの渡来は万治元年 (1658) の記録があるだけで、その個体は献上後まもなく江戸城内で死んでしまいました。
~~~~~~~
▼引用元
https://www.ndl.go.jp/nature/cha3/index.html#h315
「国立国会図書館デジタルコレクション」より 第三章 珍禽奇獣異魚 ヒクイドリ
編者未詳 写本 1軸 <本別10-10>
その後もオランダの貿易船により日本に持ち込まれたようです。
また、ヒクイドリは「刷り込み」を起こしやすく、1万8千年前には人類が飼っていたという研究結果があります(査読誌「米科学アカデミー紀要(PNAS)」参照 https://www.cnn.co.jp/fringe/35177240.html)。
刷り込みとは、動物が短期間にものを覚えてそれが長期的に続く学習行動のこと。この場合は孵化後に初めて見たものに愛着を抱くことを指します。
研究では、初期人類はヒクイドリの孵化前の卵を収集し、成鳥になるまで育てていた可能性があることが判明しています。ヒクイドリを卵から育てれば、凶暴な性格ながらも仲良く暮らしていけたのかもしれませんね。
とべ動物園のヒクイドリに会いに行こう!
今回はとべ動物園のヒクイドリ3羽を紹介するとともに、その驚きの生態についてもお伝えしました。
現在、日本では7つの施設でヒクイドリを飼育しています。
・東武動物公園(埼玉県)
・福山市立動物園(広島県)
・愛媛県立とべ動物園(愛媛県)
・福岡市動物園(福岡県)
・久留米市鳥類センター(福岡県)
・熊本市動植物園(熊本県)
※非公開個体のいる施設は除く
中でもパプアヒクイドリのセロムがいて、両方オスのサツキとカンタがいるとべ動物園は、特におすすめです。
とべ動物園の写生大会は例年5月頃に開催されています。入賞作品を見ると、いつもヒクイドリの絵があります。セロム・カンタ・サツキはいつでも愛媛県民を魅了し、「この子を描きたい!」と思わせる魅力を発し続けています。
見れば見るほど魅力たっぷりのヒクイドリに、皆さんも会いに行ってみてくださいね。
—
文章・画像/名月子店(めいげつこてん)