2023年6月中旬、上野動物園(東京都台東区)の「ホッキョクグマとアザラシのうみ」に大勢の人だかりができていました。
時折「おぉっ!」という歓声も。
歓声はどうやらホッキョクグマの「陸の運動場」エリアから。
たくさんある窓から来園者たちの視線の先を見てみると…
ホッキョクグマの「イコロ」(オス)が、草の上でゴロンゴロン!大迫力です。
ホッキョクグマのオスは体長2.5~3m、体重は400〜600kg(最大800kg)。
陸の運動場ではホッキョクグマを至近距離で見ることができるため、その大きさ・躍動感がありありと伝わってきます。
イコロの紹介
※参考 札幌市円山動物園公式サイト:https://www.city.sapporo.jp/zoo/topics/polarbear_21.html
イコロは2008年12月9日、札幌市円山動物園で生まれました。
「イコロ(ikor)」はアイヌ語で「宝物」を意味します。
イコロはお母さんの「ララ」の宝物として、また札幌の宝物、地球の宝物として、とても大切にされてきました。
また、絶滅危惧種に指定されているホッキョクグマの貴重な命をつないでいくための「国際協力の道」を拓いてほしい、という意味もこめられています。
実際にイコロは、イタリア出身のメス「デア」との繁殖が期待されています。
イコロは双子で生まれました。兄弟の名前は「キロル」。
キロル(kiroru)とはアイヌ語で「人間が踏み固めた道」という意味。つまり「けもの道」を堂々と歩いてほしい、というような思いが込められているのでしょうか。
2頭がアイヌ語で名づけられたのは、どこへ行っても北海道生まれだとわかるようにするためだそうです。
▼イコロのこれまで
2008年12月9日 札幌市円山動物園で誕生
2010年2月21日 おびひろ動物園へ(北海道帯広市)※
2015年4月13日 上野動物園へ
▼キロルのこれまで
2008年12月9日 札幌市円山動物園で誕生
2010年2月21日 おびひろ動物園へ※
2011年3月6日 浜松市動物園へ(静岡県浜松市)
2016年4月13日 釧路市動物園へ(北海道釧路市)
※親離れの時期について:野生下では2歳~2歳半で離れるといわれていますが、飼育下では早い場合生後10ヵ月くらいから、通常は1年数ヶ月で離す例が多いようです。飼育下では成熟が早く、狩りを覚える必要がないためなのだとか。
これまでさまざまな動物園で生活してきたイコロ・キロルは、多くの人から愛され、2頭そろってたくましく育ちました。
2頭が生まれたときの職員さんの思いが、札幌市公式ホームページにつづられていました。
「ララ(母)が安心して子育てに専念できるよう、職員もしばらく『世界の熊館』(エリア名)には立ち入りません。
飼育下のホッキョクグマは、誕生後も無事に生育しない例が数多くあります。今のところララの赤ちゃんは元気な声をあげていますが、無事公開となるまでの間、私たちは健全な生育を祈って見守るしかありません。」
(札幌市公式ホームページより:https://www.city.sapporo.jp/zoo/topics/polarbear_10.html)
誕生後の生育率が低いとしても、飼育下だとしても、彼らの本来の姿を尊重して、介入せずに見守る……動物の繁殖というものがいかに大変かよくわかります。
イコロの「ゴロゴロ」の理由は?
たくさんの種類のクマが飼育されている上野動物園ですが、イコロは迫力のあるオーラを放ち、大変存在感がある人気者です。
ところで、あの「ゴロゴロ」の正体は何だったのでしょうか。
ゴロゴロの正体は「発情期」のサイン?
※参考 東京ズーネット公式サイト:https://www.tokyo-zoo.net/topic/topics_detail?kind=news&inst=ueno&link_num=27859
「ゴロゴロ」の正体として最も考えられるのは、発情期のサインです。
ホッキョクグマの繁殖シーズンは春から初夏にかけて。オスは、メスが発情したときに出すにおいに反応します。
上野動物園でも、デアの発情がピークを迎えると、イコロは興奮したようすで鼻を鳴らして、デアを追いかけるといった行動が見られます(ところがデアは俊敏に逃げていくそう…)。
同園では現在、プールと陸の運動場にそれぞれデアとイコロを展示していて、2頭を入れ替えることもあります。もしかしたらデアが運動場に自分のにおいを残し、イコロがそれに反応して「ゴロゴロ」したのかもしれません。結構激しめに何度も転がっていたので、強く反応しているように見えました。
イコロとデアの繁殖に向けた取り組みは2016年から行われていますが、今のところデアの妊娠には至っていません。ホッキョクグマの繁殖は非常に難しく、一生に残せる子どもは多くて5頭ほどといわれているためです。
上野動物園でも、2頭の繁殖適齢期を逃さないためにあらゆる方法を検討しながら、繁殖経験のない2頭の成功を後押ししています。
ほかに考えられる「ゴロゴロ」の正体
イヌを飼っている人は、イヌの「ゴロゴロ」を見たことがあると思います。実はそこにホッキョクグマの「ゴロゴロ」の正体に迫るヒントが。
なぜネコではなくイヌなのかというと、イヌのほうが分類的にクマに近いからです(「亜目」という分類が「イヌ亜目」で共通しています)。
まず、イヌがゴロゴロするのは、心から安心している証拠。イコロは2015年から約8年、上野動物園で暮らしています。お客さんが多くても落ち着いた暮らしができているのだとしたらとても嬉しいことですね。
そして、皮膚をかいたり、清潔に保つためにゴロゴロしている可能性も。
この日の上野動物園の気温は30℃以上。北極の平均気温は約-18℃。ホッキョクグマにとって東京の暑さは身にこたえるものだと思います。
ほとんどの哺乳類は必ず汗をかきます。イコロも暑くて汗をかき、体がかゆかったのかもしれません。
また、草むらの中だったので、体表に付いている虫を取り除こうとしていたのかも。
イヌと共通しているなら、「遊んでアピール」という可能性もありえます。
イコロはたくさんの来園者のことを「遊び相手」だと思っているかもしれません。イコロは私たちがどんなことをすれば喜んでくれるでしょうか。
「地上最大の肉食獣」といわれるホッキョクグマですが、個体によっては人懐っこい性格なのかも。
ホッキョクグマって草食べるんだ!
ひとしきりゴロゴロしたあと、イコロは草むらに「ボフッ!」と顔を埋めて、草を食べ始めました。
来園者からは「ホッキョクグマって草食べるんだ!」との声が。
地上最大の「肉食獣」といわれるホッキョクグマ。ほかの種類のクマは「雑食」(肉も草も食べる)ですが、ホッキョクグマは唯一、アザラシを主食とする「完全肉食性」です。
そんな彼らが、草をもくもくと食べている光景は確かに新鮮ですよね。
草を食べる理由①夏季だから?
「Wikipedia」によると、ホッキョクグマは「夏季には鳥類や魚類、植物質、海藻も食べる」のだそう。
なぜ「夏季には」かというと、北極の海氷が小さくなっていくため、海上から陸へ移動するからだと思います。また、それにともなって主食とするアザラシがあまり捕れないからではないでしょうか。
ホッキョクグマは、アザラシが捕れないときの「非常食」として、草を食べていると考えられます。
イコロの兄弟「キロル」が暮らす釧路市動物園の公式サイトには、ホッキョクグマの食性についてこんな記述も。
「夏期、陸上では食べられるものを食しており、トナカイ、海鳥、魚類、鯨の屍肉、植物(ベリー類など)を食するのが観察されているが、それらの餌から十分な栄養を得られない。」
(釧路市動物園公式サイトより:https://www.city.kushiro.lg.jp/zoo/shoukai/1001527/1001528/1008412/1001549.html)
イコロは草から少しでも「栄養」を感じるために、もくもくと食べていたのかもしれません。
草を食べる理由②栄養バランスを整えるため?
「Wikipedia」によると、飼育下のホッキョクグマには「主に馬肉や魚類などを与えるほか、栄養バランスを考慮し、果物や野菜などの植物性の餌も使用される。恩賜上野動物園では、時折サケも与えられる。旭山動物園の場合、1日に与える馬肉は9kg、オオナゴが2.5kg」とあります。
飼育下のホッキョクグマは、アザラシを食べることはないようです。
野生のホッキョクグマはアザラシを食べることで主に「脂肪」を摂取していますが、それは体に厚い皮下脂肪をたくわえて、厳しい寒さに耐えるためです。
それに比べ、馬肉や魚と聞くと、あまり脂肪分が豊富なイメージはないですよね。飼育下のホッキョクグマは北極ほど寒い地域にはいないため、脂肪をそれほど摂取しなくても問題ないのかもしれません。
その代わり(?)、植物性のエサで栄養を補完しているのでしょう。
動物の行動には必ず「理由」がある!
今回は上野動物園のホッキョクグマ「イコロ」について紹介しました。
ゴロゴロの理由、草を食べる理由、それぞれいくつかの可能性がありましたね。
もしかしたら、まだ解明されていない説があるかもしれません。
このように、動物の行動一つとっても、深く掘り下げてみるとさまざまな背景が見えてきます。
皆さんも、動物園で好きな動物の気になった行動について「どうしてこんな動きをするのだろう?」と考えてみると、理解が深まって面白いですよ♪
—
文章・画像/名月子店(めいげつこてん)